写真家であり、探検家である石川直樹さん。七大陸最高峰登頂の世界最年少記録を塗り替えたり、北極から南極までを人力で踏破するなど数々の偉業を達成する傍ら、その記録としての写真を発表し、私たちに新しい世界を見せ続けてくれています。そんな石川さん、実は旅には必ず写ルンですを持参するとのこと。一見わたしたちの日常からかけ離れたようにも感じる石川さんのお話ですが、そこからは、確かに写ルンですがもつ根源的な魅力を感じることができました。どうぞ読んでみてください。

探検を記録する

僕は、たぶん日本で一番、写ルンですをハードに使っている一人だと思います。冒険とか探検って、記録することと切っても切り離せないんです。単独で山の頂上まで登って「僕は頂上に立ったんですよ」って言っても誰も信じてくれません。だから写真を撮らなきゃいけない。ただ、普通のカメラだったら電池がなくなったり、マイナス30〜40度の場所だと壊れてしまうこともありますよね。そういう状況なので、写ルンですみたいな誰が押してもどうやってでも撮れるカメラを持っていく必要があるんです。僕に限らず、登山家や探検家と呼ばれる人たちは、写ルンですを遠征に持参している人も多いですよ。もちろん、僕は他のカメラも持っていくんですけど、最後、頂上に行くときは予備として必ず写ルンですを胸ポケットに入れていきます。しばらくはそのスタイルが続くと思います。やっぱりフィルムに留めておけば安心ですから。とくに単独行の旅人にとっては命綱でもありますよね。

写真を撮る理由

僕にとって撮影行為の原点にあるのは表現ではなく記録なんですね。それは、今でもずっと変わりません。もちろん、展覧会でどう展示するとか、写真集で写真の並びをこうしようとか、自分の意識がそこに少しでも介入すると、それは表現になっていくわけですが、根本には記録するという気持ちがあるといえます。例えば、写真集「POLAR」(2007年 リトルモア刊)の中に、北極の人家の部屋の写真があって、そこの壁に古い家族写真が飾ってあるのがわかると思います。ああいう写真が強いのは、残したいという思いによって記録に徹してるからですよね。色褪せてもその力が失われない。

結局、のこる写真っていうのは変な自意識が入らないもの、つまり何も考えないで、撮らざるをえないから撮ったものなんだと思います。だから、芸術だアートだなんて考えずに、いいと思ったら撮る。それだけですよね。いわゆる「カレンダー写真」というか、ただ綺麗なだけの写真って、それを撮る人が純粋に「綺麗だな」と思ってる以上に、「こう撮れば綺麗だな」とか「こう撮れば人は感動するんじゃないか」って余計なことを考えるから、つまんなくなってしまう。撮影している自分が驚いてない。何をどう撮るかよりも、本当はなぜそれを撮るかっていうことが大事で。

実は、僕の最初の写真集「POLE TO POLE 極圏を繋ぐ風」(2003年 中央公論新社刊)の表紙の写真は、写ルンですで撮ったものなんです。白クマがゴミみたいに小さく写ってる写真なんですけど、その写真集を作るとき、ふつうのカメラで撮った写真が2000枚くらいあって、それを森山大道さんに見せたら「この写真がいい」って選んでくれたんです。それを撮ったときは、とにかく目の前に白クマがいたから足が震えるほど怖くて、バッグのなかに入れていたカメラを撮り出せず、腹の中に入れていた写ルンですで撮るしかなかったんです。まさに撮らざるをえなくて撮ったっていうか、撮りたいという動機が臨界点に達して撮った写真ですね。

最強の道具

正直にいえば、僕は写ルンですを道具として使わざるをえないから使っているので、それを日常生活の中で積極的に使おうとは思いません。ただ、今はみんながデジカメで撮る時代だから、画面を見ながら間違ったと思った写真を全部消しちゃうじゃないですか。実は、その間違った写真の方が後から見ると良かったりする。写真の束を見ながらこの一枚はいいなと思うことと、風景を見ながらここはいいなと思って撮影する行為は一緒なんですよ。だから、うまく写真が撮れないという人は、写真を選んだりすることも下手なはずです。いい写真が混じっているのに、見る目がないから捨てちゃったりするわけですよね。僕が写ルンですで撮った、遠くの白クマがゴミみたいに写ってる写真も、普通の人がみたら失敗写真として捨てちゃうかもしれないけど、森山さんはそれを選んだ。写真ってそういうことなんですよね。

あと、僕はたまに、写ルンですを使って小学生とワークショップをするんですが、小学生が好きなように撮ってくる写真って、ものすごく強いものがあったりする。カメラを持って旅をすると、新しい世界を発見できるという実感があります。だから、そのワークショップでは、小学生にカメラを持たせて、自分がいいと思ったものを、好きなように撮ってもらいました。家から学校までの行き帰りが世界の全てで、外国や広い世界を知らない小学生たちが、見慣れた通学時の風景のなかをカメラをもって歩いてみることによって、違う世界が見えてくるんじゃないかって思ったんです。

ちなみに、僕が旅でいつも使っている写ルンですは、一般的なISO400のやつですね。北極など陽が強いところでISO800とかはあまり使えないですから。あと、昔は防水の写ルンですもよく使っていました。エベレストに登った時も防水のを持っていきました。他のでももちろん大丈夫なんでしょうが、その時は絶対壊れないようにと思って。だって、せっかくエベレストに登ったのに写真が撮れなかったら大変じゃないですか。昔、南極に行った時に3台カメラを持っていったのに3台とも壊れたことがあって、最後はずっと写ルンですで撮ってたんですよ。だから、僕にとって写ルンですは、最後の頼みの綱。バーンと落としたって、簡単には壊れないし、水蒸気とか水とか、ちょっとかぶったくらいでもちゃんと撮れるし。最強ですね。

石川直樹(いしかわなおき)
1977年東京生まれ。写真家。写真集『THE VOID』にてさがみはら写真新人賞、三木淳賞受賞、『NEW DIMENSION』『POLAR』にて講談社出版文化賞、日本写真協会新人賞受賞。