タワーレコードの「NO MUSIC,NO LIFE.」シリーズを始めとした数々の広告をプロデュースする傍ら、NHKの人気番組「トップランナー」では司会を務め、さらにフリーペーパー「月刊 風とロック」を発行するなど、ジャンルを飛び越えた活動を続ける、クリエイティブディレクターの箭内道彦さん。そんな箭内さん愛用のカメラが、なんとライカと写ルンです!ということで、お話を伺ってきました。
日本一の写ルンですユーザーを自認する箭内さんのお話。それは、写ルンですの明るい未来を感じさせてくれるものでした。

箭内   多分、僕は日本で一番たくさん写ルンですを使ってますね。きっかけは、僕がやってる「月刊 風とロック」というフリーペーパーで、3年前くらいにフジロックの取材をしたとき。そのときに、ちょっと自分で写真を撮ってこようかなと思って。で、やっぱり撮るならフィルムが良いなと。それでなぜか短絡的に写ルンですになったんです。
     
藤本   ストレートに。
     
箭内   そう。そのときカメラ持ってなかったし。それで、ステージ前の撮影許可場所で、みんなこーんな、長い望遠レンズとかを使ってる中、俺は写ルンです。そのとき丁度、UAが歌ってたんですけど、なんかUAに睨まれてる感じがしながら(笑)、一番前で撮り続けてました。ものすごく遠くから撮ってるから、ザラザラな質感の不思議な味の写真になりましたね。その時はライカを買う前だったから、オール写ルンですで撮ったんです。
     
藤本   それまでにデジカメを使ったりしたことはありましたか?
     
箭内   ほとんど使ってないですね。一眼レフのデジカメをすすめられて買ったけど使いこなせなかったんですよ。やっぱりフィルムが良いっていうのは分かるんですけど、僕みたいなアートディレクターっていう立場から見ると、実はデジカメを使いこなせてるプロと使いこなせてないプロがいるんです。なんというか、デジカメを使いこなせていなくて「フィルムは最高だ」って言っている人もいたりして。
     
藤本   なるほど。
     
箭内   その辺のことも頭に入れた上でデジカメを1回自分でいじってみたんで余計にデジカメを使いこなせてない感が自分の中にあったんです。それだったら写ルンですでも良いからフィルムで、そこに出る粒子とか味とかに頼っていこうって。だから、あんまり深い考えって最初は無かったんです。写ルンですを「狙いです」って言っちゃえばそれはそれで面白いし、プロには撮れない写真になるんじゃないかなーって思ったのが出だしですね。それで写ルンです体験をして……ステージ前で写ルンですで撮ってると後ろから「あの人写ルンですで撮ってるー!」っていうのが聞こえるんですよ(笑)。
     
藤本   (笑)。
     
箭内   その後で冷静に考えた時に、僕は、風とロックでインタビューしたり、普段色んなミュージシャンや俳優さんに会って話をしたりする時に、結構特別な、カメラマンも入れないような場所に入れてるなって。そういう時にカメラさえあれば、あとはシャッターを押すだけじゃないかって気がついて、「自分でちゃんと写真撮ってみようかな」って思い始めたんですよね。
     
藤本   ああ、なるほど。
     
箭内   相手側が全く警戒しない。極端に言うと友だち同士の記念写真みたいに、向こうが構える前にもうシャッターを押しちゃってるんです。あと、日本で僕1人かなって思うんですけど、写ルンですの巻きダコっていうのが出来るんですよね。
     
藤本   はー! すごい!
     
箭内   写ルンですのフィルムを巻く大会やったら、俺1位だと思う(笑)
ものすごい速いんですよ。そして、もっとすごいのが、俺、同時に写ルンですを3個くらい指に挟むんです。ライブを撮る時なんかは1つで撮って、その後そいつのストロボをチャージしてる間に次の写ルンですで撮って……って、順々に撮って行くんです。まあ、だから僕は基本的にそういうズルイ場所で撮影をしてる素人っていうことですね。
     
藤本   しかも油断を誘うというか。
     
箭内   そうそうそう。もともとそれが芸風なんでね、すごい油断させると思います(笑)。
     
藤本   (笑)。とにかく、写ルンですは一番油断させるカメラですよね。
     
箭内   写真家の梅佳代さんと話をしたときに彼女が上手いこと言ってたのは「もともと近い人を撮るカメラだから、遠い人を撮っても、絶対に近い、親密な写真になるんですよね」って。たいてい友だちを撮る時使うカメラだったりするから、なるほどなって思いましたね。とは言え、オノ・ヨーコさんを写ルンですで撮った時は一番緊張しましたね。
     
藤本   オノ・ヨーコさんを!
     
箭内   作ってる人には申し訳ないですけど、ある種、失礼な行為というか……写ルンですで撮って怒られたらどうしようってハラハラ感があった。だから、ヨーコさんには「これは本来すごく近い人を撮る、ロックな粒子感が出るカメラなんです」って、ちゃんと意図を説明した後でシャッターを切りましたね。でも、すぐに分かって下さいました。あと、最近僕が風とロックでやってる、ズルイやり方は、バンドメンバー全員に写ルンですを渡して、お互いに撮り合ってもらうんですよ。ザ・バックホーン、チャットモンチー、Weezerでもやったし、この間ユニコーンでもやったんですけど、僕でも入れない、もっと近い、油断するエリアで撮り合うので、絶対にカメラマンが撮れない表情を撮れる。さらに、それを僕が横からまた写ルンですで撮ってるっていう。それが「月刊 風とロック」のバンドを撮る時の1つのスタイルになってますね。でも、一度アラーキーさんに注意されたことがあります(笑)。「風とロック、良いんだけどさー、分かるんだけどさ、ロックな感じでしょ? でも、もうちょっとちゃんとした写真も入れた方が良いんじゃない」って。10回くらい言われましたね(笑)。
     
藤本   アラーキーさんに言われるってすごいですね(笑)。それにしても、なんで写ルンですって、持たされた方も、テンションが上がってしまうんですかね?
     
箭内   テンションが上がるし、あと、一方でテンションが一切入らないというか。シャッターを切ってる感じすらないじゃないですか。
     
藤本   あぁー。
     
箭内   だから相手をシュートしてる凶暴さが全く無くなる。あとね、僕、風とロックで「風商(風とロック商業高校)」っていうユニットを作っていて。サンボマスターの3人と真心ブラザーズのYO-KING先輩と僕がシンナー先輩っていう役で5人組なんですけど、その「風商」でライブをやった時、僕はステージの上でシンナー吸いながら写ルンですで演奏者を撮ってる役で。シンナーって、ビニール袋に水を入れてるだけですけどね。
     
   
     
藤本   (笑)。
     
箭内   撮影には、相当な特等席じゃないですか。で、その時にやってたのは、例えばYO-KING先輩の顔を写ルンですで一枚だけ撮って、それを客席にパーンと投げるんです。あれはすごい気持ち良かったですね。事務所に怒られるギリギリだったんですけど(笑)。
     
藤本   よくぞ怒られずに(笑)!
     
箭内   その写ルンですには、報道カメラマンやライブカメラマンには撮れない場所で撮った、二度とどこにも流出しないであろう、すごいドアップの顔写真が一枚だけ入ってて。でも、理解していただきながらも、やっぱりちょっと注意されたので、次の日にうちの会社のホームページで「あれを拾った人は悪用しないで下さい」って文章を出しました(笑)。だけどその次の年のフジロックでそれを持ってるっていう奴に会って。
     
藤本   ええ?!
     
箭内   「俺、あの時の写ルンです、現像せずに持ってるんです」って、見せてくれたんですよ。それはちょっと嬉しかったですね。
     
藤本   おもしろいな〜……。実は、僕よく思うことがあって……フジロックに富士フイルムさんがもっと関わったら良いのにって。例えばフジロックの公式カメラが写ルンですで、このバンドのこの曲は客席が撮っても良い、とか出来ないのかなーって。
     
箭内   良いじゃないですかー。富士フイルムがもっと素晴らしい会社になりますよね。
     
藤本   そういえば、箭内さんは富士フイルムの「PHOTO IS」のCMを手がけられてたと思うのですが、それはどういうところから生まれたんですか。
     
箭内   PHOTO ISは「どうやって若い人に、写真をプリントにして残していくことの良さを伝えるべきか」っていうとこからスタートしているんですよ。あのCMは、樹木希林さんをはじめ、出演者の方と一対一で話し合って作ってるんですよね。結果、それぞれの口から出てきたのが「明日が来ないかもしれないから、今目の前にいる大好きな人を写真に撮りたいんだ」っていう言葉。それが裏コンセプトでもあります。
     
藤本   なるほど。
     
箭内   だから、上手く撮るとか、一生残すだとか、なんかあんまりそういうことでもなくて、写真を撮るのは目の前の人に「好きだよ」って言う代わりというか。そういう風になったら良いなというのがPHOTO ISに込めた想い。そして……写ルンですって、そういうところに可愛らしく存在するものだなって。「さあ撮るぞ!」っていうんじゃなくて「あ、ちょっと待って! 写真撮りたいからコンビニ行って買ってくる」っていうのがすごく良いなぁと思うんですよね。
     
箭内道彦(やないみちひこ)
1964年福島県生まれ。東京芸術大学美術学部デザイン科卒業後、博報堂に入社。クリエイティブ局を経て97年からCMプランナーに転向。2003年、独立。『風とロック』を設立。CMプランナー、アートディレクター、プロデューサーのすべてを同時に兼務するひとり広告代理店として活躍中。
http://www.kazetorock.co.jp/