フォトシエ特集で最初に訪れることになったのは、都心新宿から電車で約20分の長閑な住宅街にある「西村カメラ」。そこで、親の代から続く写真屋を守る西村隆さん(40歳)にぼくは以前からずっと話を伺いたいと思っていました。多くの写真家に慕われる西村さんのプリント。その裏にある写真屋としての実直な姿は、ぼくにとってまさにフォトシエの条件のように思えるのでした。

─ いつ頃から店に立たれるようになったんですか?

いつ頃というか、それこそ子どものときから遊び場=店だったので。昔はプリントを紙焼きした後、専用のドラムに密着させて乾燥させるんですけど、小学校低学年くらいからずっと、少なくとも一日200枚、多い時で800枚ほど乾燥を手伝わされてきました。だから、プリントの山が全部終わるまで遊びにいけないっていう。その後、受付も手伝いはじめて、中学に入ったころにはモノクロの証明写真を焼いてました。

— その当時、まだカラーはお店では対応してなかった?

個人店で現像プリントができるミニラボ機が出てくるのはもう少しあとだったので、カラーは大きなラボ(現像所)任せでした。ただね、ラボから来た写真は全部チェックしてましたよね。特に大伸ばしの写真に関してはダメだと思ったら焼きなおしてもらう。お客さんに「ラボから上がってきた写真の色が悪いからもう少し待ってください」って電話して。やっぱり自分の店で受けた注文を人に任すんだから、それくらいの気持ちでやってたんですよね。

— それだけの責任感をもって。

そうですね。で、ミニラボ機は僕が中学生くらいのときに入ってきた。それで、僕も当時から仕事として焼くのを手伝っていました。当初の機械には写真の色を確認できるモニターがなかったので、フィルム見て調整して。それで出てきたプリントを見てもう一回直して。だから今でもフィルムを見ればどんな調子か判断がつきます。

— すごいですね。

当時はそういうものだったんですよ。高校を卒業してからは、本当は大学に行こうかなって思ってたんですけど、僕は高校に行くこと自体その理由がよく分らなかったんですよ。もう働けばいいじゃん、って内心思ってた。だから大学はなおさら。でも一応、日本大学の芸術学部を受けたりもしたんですけど結局だめで、それで浪人して、その間、店を手伝ったりしてたんですね。そんなある日、お客さんに「写真を選んでくれ」って言われたんです。「どれがいい? プロからの目で写真を選んでほしい」って。僕はその言葉に衝撃を受けて動揺しちゃったんです。こっちとしては、浪人も3年目に突入したグダグダの状態。でもお店のカウンターに立っている時点で、そのお客さんにしてみると僕はプロなわけですよ。その一言が自分にとって重かった。カウンターに立つ以上は責任がある。そのことに気付かせてもらって、親に謝って金を出してほしいって頼んで専門学校に通うことに決めました。

— 写真の専門学校に?

実は写真の方ではなく映像の方に。っていうのは、そのころうちの店はビデオ撮影の注文を受けてたけど、そっちのプロがいなかったので。写真はまだ家で勉強が出来るけどビデオは無理。それで、2年間学校で猛勉強して、卒業後は1年間だけ映像制作のプロダクションに勤めました。そこでビデオ撮りから編集、照明、スタジオセッティングなど全て一通り経験して、また写真屋に戻ってきたんです。

— なるほど。

それで、実家で改めて働き出したある日、12年前くらいですが、近くに空店舗が出た。そしたら、うちの父が独断で「店を出す」って言い出して、店の奥で引っ込んでた僕に「お前やれ」って。それで僕も「じゃあ、言っちゃなんだけど、口出すな」と。「僕には自分の理想とする写真屋があるから、それをやりたい。だからそれについてはなにも言われたくない」と。プリントするときはガンガン自分が思ったように焼くからって。

— それで突き進んで来られたわけですね。

はい。ただ、今は自分の中ですごい戒めがある。というのは、実はプリントに関して有頂天になっていた時期があって、自分の腕に対する絶対の自信に基づいて出したプリントで、「こんな写真撮ってない」ってお客さんに怒られたことがあるんですよ。プリントって、自分の美的感覚に基づいて良い結果になる場合もありますけど、もともとはお客さんのもので、その方がなんらかの理由で「いいな」って思ってシャッターを切ったもの。だから、それがちゃんと写ってないプリントはたとえ色が良くてもだめなんですよ。それで、この出来事があってからは焼くときに画を見た瞬間、お客さんは何を撮りたかったのかを考えるようになりました。そこで気づけなかったら僕の失敗ですね。

— でも、それはすごい難しいことですよね。

今でも失敗はいっぱいあります。とにかく、お客さんとのコミュニケーションの時間が大事ですね。基本的には僕らは、お客さんが写真を撮ってから、プリントになるまでの延長線にあるものでしかない。空気になればいいと思っているんですよね。ただ、お客さんに使用カメラの機種などを聞けるときは聞きますけど、現実は聞けない時の方がほとんど。だから、受けとったフィルムを見て、鮮度や撮り方、色の安定性など、そういうところまで含めて見て焼くんです。

— デジタルに関してはどうですか?

まずはね、カメラメーカーに、もっとちゃんとしたデジカメを作ってほしい。正直、このカメラ売っちゃまずいだろ、っていうのが時々あります。フィルムのときって、このフィルム古いから使わないでおこうとか自分で判断できるじゃないですか。でもデジタルカメラって、あきらかにこれホワイトバランス(見た目に近い色に補正する機能)がおかしいだろっていうのだって、買っちゃったからには使うわけですよ。

— そうですよね。

高いのとかは良いものはいいんですけど、そんなの使ってる方なんて多くはないですよね。2〜3万円代のカメラがほとんど。そういう中で基本的な色の安定性がないカメラが、もちろん全部ではないけど、まだまだあって。で、それを昔買って今でも大事に使ってらっしゃる方がおられるわけですよ。せっかく大事に使ってるのに、そんな写真が残されていってしまうことが、もう辛くて……。だから、消費者の皆さんには、目を肥えさせてほしいんですよ。僕は店に来る写真学校の生徒さんたちにもよく「ものをちゃんと見ろ」って言うんです。「いまの季節の葉っぱはどんな色なんだよ?」って。きれいだったらどんな緑でもいいわけじゃない。「画像をいじくってる場合じゃないだろ」って。僕自身もさっき言ったように思い込みによる失敗を経験しているんで、外を歩けるときには必ず、空の色、木の色、緑の色、地べたの色、花の色を見る。それが、一般のお客さんなら僕らのような職業よりずっと外に出る機会があるはずだから、出てきたプリントを見て「これは違う」ってもっと疑問を持ってほしい。そして、僕らが作ったプリントの色に「なんでこんな色なんだよ」って怒ってくれていいんです。「プロなのにこんなかよ」って。妥協しないでほしいなって思いますね。

— プリントに関しては、そもそもプリントしない方も増えていますよね。

ひとつ考えているのは、コンピューターに画像を入れっぱなしの方が多いので、USBメモリの貸出をしようかなと思ってるんですよ。4GのUSBメモリ貸すから、これに入る分だけ全部コピーしてきてくださいと。

— なるほど! まずはパソコンから引っ張り出す!

ほんとにね、うちくらいの規模の店でも、パソコンが壊れて赤ちゃんの生まれてからこれまでの写真が全部消えてしまったって方が、すでに3人はいます。おばあちゃんがあせって「携帯にたまたま写ってたのがあったの。ここからプリントしたいの」って……そう言われた時には、もういたたまれない気持ちになる。本当に……。

— これからもどんどん増えてしまう危険性があります。

そう。でも、だからと言ってそれをどんどん言うのも、脅しになっちゃうじゃないですか。それも嫌で。僕は性格上押し売りができないから。なので、じわじわと自分の想いを伝えていくしかないんですよね。そういえば、以前、すごくうれしかったことがありました。この周辺から引っ越した方が「引っ越してはじめて西村カメラさんが何をやってたのか分かった」って。「何も言わずにお願いして、こんだけの写真をあげてくれていた。他のところに出したらそうじゃなかった」って。それ以降は郵送で出してきてくれるんですよ。

— プリントの腕前はすっかりプロの写真家さんからの信頼も集めています。

プロの方が来てくれるようになったのは、ERIC君(※)がきっかけですね。もともと弟の友達だった彼が日本に遊びに来てこっちに居ついてしまって、あんまり仕事もせず遊んでばっかりだったから「うちを手伝えば」って。そこで色のこととか、2年間ダメだしして鍛えたことになるのかな(笑)。で、結局彼は学校に通ったのち写真家に。僕は、プロの方の写真を触らせてもらったとき、そこで得たものを最終的には一般のお客さんに還元したいと思ってやっています。だから、彼らの仕事で引き出しを増やしてもらっている気持ちですね。

— それによってお客さんの目も肥えてくれるといいですよね。

そうですね。こんな風に取材を受けて話しているとものすごい生意気に聞こえてしまうかもしれないけど、実際のところ僕は自分たちで何かを出来たわけじゃなくてお客さんに育ててもらったんですよ。それを思うと、もうありがたくて涙が出てきます。チャンスをもらって勉強させてもらって今があるから。いま、お客さんに求められている写真屋さんってなんなんだろうって、ずっと考えているんですよ。けして外観のオシャレさとかではなくて、本当に求められている写真屋さん。うちは2店舗あって、南の「写真工房+」はどちらかというとオシャレな店で、今僕が入っている「西村カメラ駅前店」は昔ながらの写真屋さん。それぞれにそれぞれのニーズがあるから、こっちの店を南の店と同じようにするのは違う。もっと買い物がしやすいとか、コミュニケーションがとりやすい、いろんな意味で便利になっていくほうが大事かなあ……と、おぼろげには見えてきているんですが、とにかく確信しているのは、がわの問題じゃないなということですね。

※写真集「中国好運」で知られる香港出身の写真家。彼をきっかけに、浅田政志野村恵子などの写真家が西村カメラの技術を信頼しプリントを任せるようになっている。

西村カメラ駅前店
東京都西東京市富士町4-18-6(TEL. 042-467-8167)

写真工房+
東京都西東京市東伏見2-6-3 ランジェロ101(TEL. 042-469-9075)
http://24muracamera.com/