長野県の北部に位置する信州中野。四方を山々に囲まれた自然豊かな土地に、今なおフィルムカメラを作り続ける会社があります。それが株式会社コシナ。昭和34年創業、レンズの研磨業で商いをスタートした従業員13人の小さな会社は、今や世界に誇る高い技術を有する企業となりました。
http://www.cosina.co.jp/

コシナのこれまで

「当社は、当時のニコンさんとかミノルタさんとか、そういう大手カメラメーカーのレンズ研磨専門の下請工場としてスタートしました。そして事業をもっと大きくしたいということで、まずレンズ枠の金物加工を手掛け、その後は組み立てもするようになり……と、どんどん付加価値を付けていったんですね。で、ついにはガラスの溶解もチャレンジし、一方では8ミリカメラ、交換レンズ、そして一眼レフカメラと結局は最終製品を自社で一貫生産できるようになりました」

代表取締役社長の小林博文さん(57歳)が教えてくれたコシナのこれまで。現在はカメラやレンズに加えて、その光学製品のノウハウをもとにした液晶プロジェクタやムービーカメラ、監視カメラ用のレンズなどを電機メーカーに供給しており、事業の3分の2はそういった取引が占めています。しかし、そこで気になるのが、日本の生産現場の中国移転という避けては通れない問題。

「業界を見れば、レンズもカメラもどんどんどんどん中国に移行してるわけですよ。そんなかでどうやって当社が日本で生き残っていくかっていう話。それはですね、徹底的に趣味性のあるもの、徹底的に高品質なもの、そして、ドイツの歴史ある光学メーカー、カール・ツァイスやフォクトレンダーというような、いわゆるブランド商品ですね。うちは04年より、カールツァイス社と共同開発製品を製造販売していますが、そういう中国の大量生産では不可能なものを手がけている。電機メーカーとの取引についてもそうです。それで生き残ってるわけですね」

ベッサというカメラ

コシナを語るうえで外すことができないのが、フィルムカメラ、ベッサの存在です。フォクトレンダーのブランドを取得したコシナは、世間が一斉にデジタルへ向かって走り出そうとしていた99年にフォクトレンダーブランド再興計画の第1弾として、ベッサLを発売。以後、幾度にも渡る改良を重ね、現在までに13種類もの製品を、このデジタル一辺倒の世に送り出してきました。
「何度もユーザーさんを集めて意見を聞いて。たとえばシャッターの巻き上げ部分の仕様など、細かいところも少しずつ改良をしてるんですよ」
ディテールまで愛情をかけたカメラ作り。そこで働く人達は、やっぱりカメラ好きのようで、小林社長は「彼がその代表です(笑)」と隣に座る取締役の大森篤さん(62歳)を指さします。
「そうですね〜好きじゃないとね(笑)。うちには、わりと若い社員もいるんですが、やはり皆カメラ好きで、フォクトレンダーやツァイスみたいな世界的なブランドを自分の手で作ってみたいっていう思いがあって入社してきたわけですね。僕は普段よく社員にも言うんです。『みなさんはお客さんに何を売ろうとしてるんですか?』と。僕らが作る製品は、作り手側の思いが大事。商品の値段がある程度高かったとしても買っていただけるのは、結局そういう部分があるからなのかなって自負してるんですけど。実際に最近出た50ミリF1.1のレンズは12万5千円もするんだけどありがたいことに人気で。わりと若い方、30代半ばの方もよく買ってくれてるみたいです」

メイドインジャパン

工場に伺うと、機械が立ち並ぶ一方で、レンズに書かれた数値やブランド名の刻印に注射機で1文字ずつ色を入れていく姿や、ピントリングの動きをひとつひとつ手で回して確かめながら調整する姿など、あちらこちらで丁寧な手仕事を垣間見られます。そして、実際に触らせてもらった完成品のカール・ツァイスレンズ。ボディに付けてファインダーを覗きピントリングを回すと、ピントが合ったその瞬間に、ふわっとぼけた画面から撮りたい像がひゅっと立ち上がる……その高揚感といったら! 一様に興奮する取材スタッフを前に「やっぱりこのレンズの良さは実際に体感してもらうのが一番なんですよね」と小林社長。
「理論や理屈じゃなくてね、もっと情緒的なもんでなかなか言葉では言い表せない。数字なんかもっとだめですよ。」

しかも、この微妙な味を出すために、レンズの設計をいまだにコンピューターではなく、経験に基づいた手計算でやっているとのこと。
「レンズって、徹底的にシャープにする方が簡単なんですよ。うちがやっているのは、どれだけ美しく撮れるようにするかということ。その設計はこれまでの経験があってこそできることなんですよね」
世界に誇るコシナの美しいレンズ。その横には「MADE IN JAPAN」の文字がしっかりと刻まれていました。
「ユーザーさんから来るハガキの半分くらいには同じことばが書かれているんですよ。『お願いです。コシナさん頑張ってください』って」