フィルムカメラが売れないと言われるこの時代に、唯一と言っていいほどに、グングンと売り上げをのばしているフィルムカメラがあります。それは、みなさんご存知の「チェキ」。インスタントフィルムカメラです。シャッターを押せば、その場で100%プリントが出てくるチェキは、あらゆる意味で、フィルムカメラ文化の救世主になると思っています。かくいう僕自身も、チェキはもはやメイン機。そんなチェキ復活の仕掛人、富士フイルムの吉村英紀さんに、お話を伺ってきました。
藤本   吉村さんと言えば、僕にとっては、雑誌『Re:S』で一緒にスペシャルパッケージをつくらせていただいたり、最近だとホワイトカラーのものをつくられたりと、「NATURA」(富士フイルム製のフィルムカメラ)を広めた人っていう印象が強いです。
     
吉村   お会いしたのがちょうどNATURA CLASSICAを出してちょっと経ったくらいで、担当になったけど、やっぱり思ったように売れてなかったんです。ママターゲットっていうわりには、周りのママ、社員も含めて誰も使ってないじゃんって。そう思ってた頃に、そういう若いママたちや女性をターゲットにしたメディアの人たちに出会って、するとそういうメディアの人たち自身がNATURAを使ってくれていた、しかも「NATURAいいですよね」って言ってくれて。さらには「周りにもそういう子たちがいるし、自分たちもこのカメラを推したい」って。

で、なんとなく気になっていたカメラ女子とか、そういう風に呼ばれる人たちの存在を強く意識しはじめたんです。ただ、そういうメディアの方にはお会いしたけど、直接のユーザーにはまだ会えてなかったんですよ。ならば一度NATURAのワークショップをやりましょう、って提案をいただいて。それで当日になったら若い子がいっぱい来て、みんなカメラ持ってて。ああ、こんな世界があったんだ! ってリアルに見えてきたんです。

で、休憩時間にみんなで写真を見せあったりしてるんですね。で、それを見てたら、ある女の子の周りに人だかりができてて、ポラロイドかなと思って見たら、チェキだった。撮ったチェキ写真を名刺入れみたいなのに入れて、それを見てみんなもかわいいって言ってて。で、僕も見せてもらったら、今までに見たことがないようなチェキの写真なんですよ。人物じゃなくて、風景を撮ってたりとか、それがハイキーだったりして、これどうやって撮ったんだろう? って。それを見てみんなが騒いでるっていう状況に初めて出くわした。

それで、その女の子に会社に来てもらって、チェキの開発にかかわった人たちと小ミーティングをしたんです。そしたら、僕たちにしたら一番安い機種のinstax mini7にものすごく反応してくれて、ぼこっとしたカタチだとか、フィルムを入れるところの蓋を開けると中がジャバラになってたりとか、そういうアナログ感ががいいって。さらに露出を調整するお天気マークをそのとおりに使わずに、わざと露出オーバーにしてハイキーな写真にしてたりとか、そういう使い方ができるんだっていう話でもりあがった。で、ちょうど、翌年がチェキの10周年でもあったんで、mini7の色を変えて何かできないかな? って。

     
藤本   なるほど、それがチェキ復活のきっかけやったんですね。
     
吉村   そうなんです。mini7って、カタチとしてはちょっと大きいじゃないですか。でも白だったらお餅みたいでかわいらしく見えるかもとか、いろんな話をするなかで、それだったらアンケートを取ってみましょうっていう話になって。結局、今までのうちのやり方だったら、大きいボディが少しでもシャープに見えるようにということで、一部分だけ色を変えたりとかしてたと思うんですけど、でも、みなさんが言うには、真っ白とか真っ黄色とか、マーブルチョコみたいな方が潔くてかわいいですよって。

で、そういうカラーと今までみたいなカラーのものを見せてアンケートをとって、2週間で450人くらいが答えてくれたんですね。で、しかもほとんどが20代の女の子でコメントも熱いものを書いてきてくれた。で、結果は白がダントツ。あとはピンクと茶色だったんですね。それで最終的に、白と茶色でいくことになって。

     
藤本   なるほど、そうやって、ユーザーの現場をリアルに感じることが、いかに大事かってことですね。
     
吉村   チェキは03年からずっと落ち続けてきてたんですよ。でも、ある頃から下げ止まりはじめて。そのときにまだやりようあるんじゃないかなと思ってたんですね。でも、店頭で見てると、女の子がチェキを見てはいるんですけど、腕組みながら難しい顔していて。欲しくて迷ってるっていうよりは、本当にこれ買っていいんかな? っていうそんな迷い方をしてた。それを見て、あかんな〜って思ったり。あと調べてみると、結婚式とかメイド喫茶とか、僕らの知らないところに、根強い固定の顧客がいらっしゃることが分かって。だから、そこにカメラ好きの人たちがのっかってくれたら、何か変わるかもしれないなって感じてたんですよ。

あと、やりたかったのが、今までのチャンネルと別のところにも置きたかったんです。従来の販売チャンネルだけだったら限界を感じていたし、例えば若い人たちが行く雑貨店って、べつに価格競争で売ってるわけじゃなくって、雰囲気とか好き嫌いとかそういうことで選んでくれているチャンネルだと思ってたので、そういうところで置けるようにしたいなと思って。

だから、そこを前提にパッケージのデザインも作り込んでいきました。社内的には、チェキはもっとポップなデザインがいいんじゃないかとかいろいろ言われたんですけど、そういうときにも、アンケート結果がすごい説得材料にもなって。色を変えることの決定も、なんとか突破できました。

     
藤本   とはいえ、心配じゃなかったですか?
     
吉村   完成したものを発売前に写真業界の大きな展示会で展示したんですね。そしたら、そこに来る女の子の、この新しいチェキを見る反応が全然違うんですよね。ほしいもの見つけた! みたいな感じで。それをその場で見てたから、これはいけるなっていう感覚になって。
     
藤本   で、売れたんですね。
     
吉村   売れましたね。僕はブログチェックもするんですけど、「富士フイルムありがとう」なんてことが書かれてたりして。こういうことってこれまでなかった。重要視していたパッケージも、箱ごと写真に撮ってブログにアップしてくれてたりして。結局、今回やったことって見せ方を変えただけなんですけどね。
     
藤本   それで他の機種もリニューアルをしていくわけですね。
     
吉村   新しいmini7が好評な一方で、その上の機種がどんどんかすんで落ち込んでいってしまって、売れないタレントみたいになってた。でも、もの自体は決して悪いものじゃないので、ちゃんとプロデュースしてあげないかんなって。で、instax mini25はチェキフォトグラファーの米原康正さんがメイン機として使っていたので、米原さんに相談に行ったんです。箱のパッケージも米原さんにアドバイスをもらったりして。富士フイルムは、これまで誰にでも分かりやすくとか、ユニバーサルデザインとかがまずありきだったんですけど、でもこの商品は誰でも彼でもに向けて売ろうとしてるわけじゃなかったので。そこを決めるのはターゲットの実際の声なんですよね。

だから、ミッドタウンの本社にいる受付の若い女の子たちのところに持っていって、いろいろ意見聞いたら、自分たちの考えてるデザインの方が圧倒的にいいっていうことを実感したり、それを数字として見せたりして、新しい箱のパッケージとかも押し通していくのは難しかったんですけど、なんとか実現させた。

     
藤本   で、最近出たばかりなのが、ピアノブラックのチェキ。これまた、大人の女性を感じさせるようなカラーですよね。
     
吉村   そうですね。最後に一番上の上位機種をやらねば、と思って、ターゲットは雑誌でいうとみたいなラグジュアリーなファッションを好む人たちを想定したんです。いろんな人に話を聞いた結果、ツヤ感のある黒にしたんですね。マットな黒もなかなか良くて迷ったんですけど、でもどちらにせよ「混ざり合うのはなしですよ」ってみなさんに言われて。ちょうどそのとき、マットな部分とツヤのある部分が混ざったデザインもあったんですよ(笑)。つい、そういうものになりがちだったんだよね。でも「それはやっちゃだめです」って(笑)。それでこういうピアノブラックになったわけです。
そこにいたるまでも、今回のターゲットは109のような場所にいる女の子たちかな? と思って、109に行って「どれがいいですか?」って店員の子たちに聞いたりして。昼間だと暇かなと思ったら、案外、昼間でもお客さんはいっぱいで邪魔くさそうにされながら聞いて(笑)。で、次は東急百貨店のファッション売り場に行ったら、あそこは想定してたより年齢層が高くて、で、次はH&M行ったら、あそこはほとんど店員さんがいなくて。あとは、の編集部の人にも「どれがいいですか?」って聞いたり。で、なんとか全体のデザインが決まったんです。9月の上旬に発売したばっかりなんですけど、やっと一通りチェキの改革はやりきれたかなあという感じですね。
     
藤本   で世間の人たちにとっては新商品だけど、実はリユースしているっていうチェキは、今回の特集を体現している商品だって、改めて思いました。またその裏で吉村さんという人がどんな風に汗を流していたのかも(笑)。
     
吉村   別に、みんなチェキの機能自体に不満をもってるわけじゃないんですよね。結局これらのチェキだって、一番売れてるときの技術をもって作られてるわけで、今その当時よりもっと上の技術でチェキを作れるか? っていったらそういうわけではないだろうなと思ってるんです。デジタルだったら別かもしれないけど。だから、むしろ見た目を変えるだけでも、変えられるものがあるんですよって伝えたいですね。